バセドウ病を防ぐ新たな免疫の仕組みを発見
―TSH受容体ペプチドが制御性T細胞を誘導―

| 日時 | 365体育app7年12月4日(木)11時00分~11時40分 |
|---|---|
| 場所 | 生涯研修センター研修室 |
| 発表者 |
本学医学部 生理学第2講座 |
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概要
甲状腺ホルモンは、体のほぼ全ての臓器に作用して代謝を調節するホルモンです。バセドウ病は、甲状腺ホルモンの分泌が過剰になることで、動悸(どうき)や体重減少、手のふるえ、暑がりなど、体にさまざまな不調を引き起こす病気です。
正常な人では、下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(thyroid stimulating hormone:TSH)が甲状腺のTSH受容体(TSHR)を刺激することによって甲状腺ホルモンは適正に分泌されています。
バセドウ病は、免疫の仕組みがうまく働かず、自分の甲状腺を過剰に刺激してしまう「自己免疫疾患」です。本来は作られないはずのTSHRを刺激する自己抗体(TRAb)ができ、TSHの代わりに甲状腺を刺激するため、ホルモンが過剰に分泌されます。
現在のバセドウ病の治療法(飲み薬、放射線、手術)はこの80年ほとんど変わっておらず、病気の原因そのものを治すことはできません。そこで、和歌山県立医科大学の研究チームは、病気の根本にある「免疫の異常」を治す方法を探しました。

研究では、バセドウ病の原因となる「TSHR」のタンパク質の部分ペプチド(ペプチドp37)を使い、マウスで実験を行いました。
その結果、この部分ペプチドを少しずつ体に慣らすように投与すると、免疫の暴走を抑える“制御性T細胞(Treg)”が増え、バセドウ病の発症を防ぐことがわかりました。
この成果は、「抗原特異的免疫療法」という考え方に基づいており、薬で症状を抑えるだけでなく、病気そのものを根本から治す可能性を示しています。
1.研究背景と目的
バセドウ病は、甲状腺を刺激する自己抗体TRAbが体の中で作られてしまうことによって、甲状腺ホルモンが過剰に分泌される自己免疫の病気です。つまり、体の免疫が「自分の甲状腺」を刺激し続けてしまうことが原因です。
この病気には、HLA-DR3という遺伝的な体質が関係していることがわかっています。
研究チームは、そのHLA-DR3の遺伝情報を持つマウス(HLA-DR3トランスジェニックマウス)を使って、バセドウ病の原因となる「TSHR」の中でも、特に免疫が反応しやすい部分を詳しく調べました。その結果、TSHRの中にある「p37」というペプチドが、免疫を強く刺激する“鍵となる領域”であることを発見しました。今回の研究では、このp37ペプチドを使って、「免疫の暴走をおさえ、病気の発症を防ぐ」新しい治療法の可能性を探ることを目的としました。
2.研究方法と結果
研究チームは、HLA-DR3トランスジェニックマウスという特別なマウスを使って、バセドウ病の発症を防ぐ方法を調べました。実験では、バセドウ病の原因となるTSH受容体のp37ペプチドを、少しずつ量を増やしながら投与する「ステップアップ免疫法」を行いました。その後、アデノウイルスベクターを使ってマウスにバセドウ病を発症させる実験を行いました。その結果、
?血液中の甲状腺ホルモン(FT4)と自己抗体(TRAb)の上昇が抑えられ、
?免疫を落ち着かせる細胞(制御性T細胞:Treg)が増え、
?病気を進めるタイプの免疫細胞のバランスが正常化し、
?バセドウ病の発症を防ぐことができました。
さらに、Tregを取り除く抗体を投与すると、再び免疫が過剰に働き、甲状腺を刺激する反応(IFN-γ産生)が強くなりました。このことから、Tregが中心となって免疫のバランスを整え、バセドウ病の発症を防いでいることが明らかになりました。
3.研究の意義とまとめ
今回の研究は、「ペプチド療法」という新しいアプローチを用いて、病気の原因となる免疫の異常そのものを“正しく整える”ことを世界で初めてHLA-DR3トランスジェニックマウスで実証したものです。従来の抗甲状腺薬などによる治療は、ホルモンの量を一時的に抑える対症療法であり、病気の再発や副作用の問題が残っていました。
今回の成果は、「抗原特異的免疫療法」という考え方に基づき、病気の根本原因である自己免疫の異常を抑えて発症を防ぐという、新たな治療アプローチにつながるものです。
さらに、この仕組みはバセドウ病だけでなく、1型糖尿病?多発性硬化症?関節リウマチなど、多くの自己免疫疾患にも共通しており、将来的には自己免疫疾患全体に応用できる新しい治療原理を示す成果として、社会的な意義があります。
4.論文情報
論文名:Immune Tolerance Induction Using the Thyrotropin Receptor Epitope 78–94 (p37) Prevents Graves’ Disease in HLA-DR3 Transgenic Mice
著 者: Hidefumi Inaba, Itsuki Nonaka, Daiki Hashimoto, Moritoshi Hirono, Shuhei Morita,
Hiroaki Kimura, Hiroshi Iwakura, Takashi Akamizu, Masanori Nakata
掲載誌:Frontiers in Immunology (2025年11月3日出版)
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